はじめての海外旅行
 「外国ってこんなに暖かいんだぁ!」
これがボクが思った初めての海外旅行での最初の印象である。

 もう20年ほど昔の話になる。当時、ボクは旅行業界へ就職する為の専門学校に通っていた。高校を卒業して入学。帰国子女でも留学経験者でも無いボクは日本から出た経験など無かった。ただ漠然と海外への憧れだけで入学した学校。授業では朝から夕方まで毎日が海外旅行の話。そして英語の授業。知識だけは増えていったがボクには実感が無かった。日本から出たことが一度も無いボクには勉強している事のイメージが掴めなかったのである。

 ボクは専門学校に入学した直後くらいから大阪伊丹空港でポーターのアルバイトをしていた。毎日、学校が終わってから空港へ行き、国際線到着ロビーで客待ちをする。日本人は自分で荷物を運ぶ人が多かったが、外国人はポーターを雇う人が多かった。荷物を台車に載せ、個数と運び先を確認。一言二言会話をしながら荷物を運ぶ。学校でもアルバイトでも毎日ずっと海外旅行と外国人に接しているのに旅行経験は無い。海外へ行ってみたいと言う気持ちが日々高まっていった。

 一年生の秋ごろ、ボクは毎朝一緒に学校へ通っていた友人に話を持ち掛けた。
「お前、海外って行った事ある?」
「無いよ。俺、国内旅行専攻やもん。」
「俺も無いねん。」
「普通は無いやろ。って言うか、お前は海外旅行専攻やったっけぇ?」
「なあ。冬休みに海外旅行に行ってみないか?」
「えっ!それってイイかも。行こう!」
二人の話は即決だった。冬休みになったら海外へ出発する約束をしたのである。



 出発の朝、ボク達は京都駅前で待ち合わせをし、空港バスに乗って伊丹空港へと向かった。アルバイトの行き帰りで毎日乗っている空港バス。スーツケースを持って乗るのは初めてだった。伊丹空港へ到着すると顔見知りのポーターが声を掛けてくる。ボクは「今から香港へ行ってくる。」と自慢顔で答えていた。

 国際線出発ロビー。ボク達はキャセイパシフィック航空のチェックインカウンターを目指す。パスポートと航空券を差し出して荷物を預ける。レンタルスーツケースには目印になるようにとハンカチを結び付けた。今、考えると素人丸出しである。手渡された搭乗券を受け取った時は感動した。コレが国際線の搭乗券なんだ!

 出国審査場では真新しいパスポートに『出国』のスタンプが押された。記念すべき最初のスタンプ。少し斜めに押されていたのが気になった。免税品店ではウィンドウショッピングを楽しんだ。今、考えると広いとは言えない伊丹空港だが、ボク達二人には未知の世界。全部見てやろうとキョロキョロしながらゲートへと向かった。



 ボク達はワクワクしながらも少し緊張していた。現在のボクのように搭乗時間ギリギリまでウロウロしたりタバコを吸ったりする余裕なんて無かった。早々とゲートへ行き、イスに座って搭乗が始まるのを待つ。ガラス窓の外にはボクたちを香港まで運ぶ飛行機が見えている。白いボディーに緑色のラインが鮮やかなキャセイパシフィック航空機。朝日を受けてキラキラと輝いていた。

 しばらく待つと、搭乗開始を知らせるアナウンスが流れた。ボクたちは「じゃあ、行こうか!」とお互いに声を掛け合い席を立つ。ゲートで搭乗券が切られ、座席券が返される。係員の「行ってらっしゃいませ。」の言葉が嬉しい。これから初めての海外。初めての日本脱出なのである。

 残念ながらボク達の席は二人とも窓側席では無かった。それでも初めての国際線。座席前のポケットの中にある機内誌が英語と中国語で書かれている事に感動し、ドリンクサービスや機内食サービスの時には客室乗務員の動きを食い入るように見つめていた。そして、飲み物の追加注文をする時には、乗務員が胸に付けている国旗バッチを見て、日本のバッチを付けていない乗務員を選んで英語で注文した。キャセイパシフィック航空では、乗務員が話せる言葉の国旗バッチを胸に付けていると授業で習っていたからだ。英語を使いたかったのである。

 今では殆どお目に掛かれなくなってきたが、当時は免税品の販売をワゴンサービスで行なっていた。ボクは空港の免税品店でタバコを買わず、わざわざ機内で購入した。しかも支払いはアメリカドル。キャセイパシフィック航空のロゴが入ったビニール袋が妙に嬉しかった。

 飛行機は香港へ近付き高度を下げ始めた。授業では「急旋回をして着陸。まるで民家の屋根に突っ込みそうな感じがする。」と聞いていた。飛行機が旋回を始めると、数席向こうにある窓から民家の屋根がハッキリと見えた。もうかなり高度は低い。これが窓際席だったらどんなに興奮した事だろう。本当に残念だった。



 香港での宿はネイザン通りの少し奥まった所にある『ロイヤルガーデンホテル』だった。安いパッケージツアーに申し込んでいたので高級ホテルでは無いが、それなりに高級感のあるホテルだったと思う。いや、ボク達には高級ホテルに思えた。明るく輝くロビーは吹き抜けになっており、ガラス張りのエレベーターが動いていた。そして、ロケーションとしては特に文句は無い。海外で初めて泊まるホテルだったので興奮していた。

 しかし、1つだけ良くない思い出がある。香港に到着した日の夜、部屋にあったホテルの絵ハガキを使って自分宛てのハガキを書いた。フロントへ行き、ハガキを出したいと言うと切手代を請求された。ボクは素直に請求された切手代と共に切手を貼る前のハガキを差し出した。そのハガキは今でも届いていない。配達途中で紛失したのだろうか。それとも、あの時のフロントクラークが切手代を着服し、ハガキは捨てられてしまったのだろうか。ボクのささやかな宝物になるハズだったハガキはどうなってしまったのだろう。今でも気になっている。

 ホテルでの朝食はビュッフェスタイルだったと記憶しているが内容については覚えていない。ボク達は軽めにホテルでの朝食を済ませ、早朝から街へ出掛けた。旨いと聞いていた朝粥を食べるためである。当てもなく街を歩くと粥の文字が書かれた看板が見えた。店に入ると、どうみても地元人と思われる人たちが粥をすすっている。ボク達がテーブルに付くと店員が注文を聞きに来た。店員は広東語しか話せないようである。何を言われているのか全く理解できなかった。とりあえず「メニュー・プリーズ!」と言うと店員は邪魔臭そうにメニューを持って来た。友達と「なんか感じ悪いヤツやなぁ。」と言いながらメニューを見つめる。しかし、広東語で書かれたメニューは読めない。どの行も最後の文字が『粥』と書かれているが、何の粥なのか理解できなかった。こうなると適当に指差すしか方法は無い。ボク達はお互いに違う粥を指差して注文した。友達の前に出されたのは佃煮のような物が乗せられた粥だった。ボクの前に出されたのは白粥。失敗したと思った。どんな粥が出てくるか楽しみにしていたのに何も入っていない白粥だったのである。そう思ってレンゲでかき混ぜると底から生に近い臓物らしき物が出てきた。ボクは一瞬ビックリした。これを食べても大丈夫だろうか。腹を壊してしまうのではないかと心配になった。恐る恐る食べてみるとウマい!味は旨かったが見た目が最悪な粥だった。

 もちろん昼食には飲茶(やむちゃ)を食べに行った。実は、2日続けて昼食は飲茶だったのだ。パッケージツアーだったので、香港到着日に簡単な観光と昼食が付いていた。その昼食が飲茶だったのだ。団体客専用とも思われる会議室のようなレストランで定食スタイルの飲茶だった。学校の授業で『飲茶とはワゴンで運ばれてくる点心を好きな物だけを選んでお茶を飲みながら食べる。』と習っていた。パッケージツアーに付いていた飲茶を『こんなの飲茶じゃない!』と思い、気に入らなかったからである。

 昼食時、地元の人達でごった返すレストランに2人で入った。ボク達は大きな丸テーブルに案内される。俗に言う『相席』の状態だった。ボク達は中国茶の名前を知らなかったが「茶、ホットティー!」と言うと大きな急須に入った温かいお茶が運ばれてきた。そしてワゴンが近付いて来た。ワゴンには広東語で運んでいる点心の名前が書かれているようだったが理解できない。ボク達は身を乗り出し、手当たり次第に蒸篭のフタを少し開け、中身を確認し、数種類の点心を注文した。食べ終わらない内に次のワゴンがやって来る。ワゴンが来るたびに身を乗り出し蒸篭の中身を確認して注文。何度か繰り返している間に満腹になった。本当に美味しかった。そして楽しかった。やっぱり飲茶はこうでなきゃ!である。



 香港の街は楽しかった。美しいヨーロッパを思わせるような町並みと、ゴチャゴチャとしたアジアの町並みが同居している。ボクはゴチャゴチャとした路地を歩くのが当時から好きだったようだ。それは夜になると楽しさを増す。まるで町中がお祭りのように夜店がひしめき合い。混雑する細い通路を夜店の商品を眺めながら歩き回る。気が付くとココがどこなのかわからなくなっている事も何度もあった。

 この旅行で一番「感じ悪いなぁ」と思ったのは香港人のカップルが目に余るくらいイチャイチャしている事だった。道を歩く時もベタベタとし、赤信号で青になるのを待っている間には人目もはばからずキスを交わしたりするのである。最悪だったのは香港滞在最終日の夜。日付は12月22日。明日の午前の飛行機で日本へ帰る予定になっていたボク達は、尖沙咀(チムサーチョイ)から行き交う船と夜景を眺めていた。ふと気が付くと廻りはカップルばかり。みんな妙にイチャイチャし、まるでHな映画を見ているような光景だったのだ。まあ、今考えれば『クリスマス前』と言う事で恋人たちの感情も普段より高まっていたのかも知れない。しかし、友達と男二人旅のボクたちには本当に感じが悪かった。

 楽しい時間が過ぎるのは早い。ボク達は2泊3日の香港旅行を終え、帰国する事になった。殆ど何も入っていなかったスーツケースの中は土産物で溢れ返っていた。家族や友達には食べ物や民芸品。自分用にはTシャツなどの衣料品を買い込んでいた。実は、この時に買ったTシャツの内、何枚かは一度も袖を通していない。と言うのは、香港では「わぁ!これイイ〜っ!」と思って買ったのだが、日本へ持ち帰ってみると「コレを着るのはちょっとなぁ...」って思ってしまったからだ。デカデカと『香港』と書かれたTシャツなど着て歩けない...。



 ボクは、この旅を終えて少し変わったかも知れない。それは外国を実感した事。そしてそれは学校の勉強を真剣に聴くことにも繋がった。二年生になると海外研修旅行。行き先はタイのバンコクとパタヤに決まっていた。ボクは再び海外へ行ける事を心から楽しみにしていた。学校からの研修旅行は別として、自分でお金を出して行く海外旅行としては、連続して3回も香港を訪れた。ボクにとって香港は単なる初めての海外旅行の渡航先と言うだけではなく、快適な町並みと興味を沸き立たせるアジアが入り交ざった魅力的な街だったのである。

 しかし、この時は、もっとディープにゴチャゴチャしたアジア。タイ・バンコクの東南アジアの魅力にハマってしまう事など想像すらしていなかった。






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