親子三人バンコク旅行
 6月の日曜日、今年になって初めての海外旅行の為、ボクは関西空港発のタイ国際航空機に乗っていた。海外へ行くのは半年振りだった。行き先はバンコク。そう。またバンコクである。このところ、特に目的も無い一人旅ばかりが続いていたボクだったが、今回は少し違う。ボクの隣りの席には両親が座っているのだ。両親と初めて一緒に海外へ行く。そして、それは父親にとって生まれて初めての海外旅行だった。

 朝まで店を営業したボクは急いで片付けを終わらせた。自宅へと帰り、荷物を持って慌ただしく関西空港へと向かう。自宅の最寄り駅からJR線に乗り、関西空港駅へ到着。ボクが乗って来た快速電車が到着して数分後に両親が乗っているハズの特急電車が到着した。駅のホームで両親の姿を探す。特急電車から降り立った人たちの群れがエスカレーターに乗って消えて行くと、ホームにたたずむ両親の姿が見えた。正月に実家へ帰った時には感じなかったが、関西空港駅のホームに居る両親はどう見ても田舎から出てきたオッチャンとオバチャンだった。改めて両親が老いた事を感じた。腰にはウエストポーチ、小さなボストンバッグを抱え、キョロキョロとボクを探している。二人とも帽子をかぶり、何時に無くオシャレしている。ボクが両親の方へ少し近付くと、両親もボクを見つけ駆け寄ってきた。これから親子三人のバンコク旅行が始まる。

 事の発端はこうである。正月に実家へ帰った時、ボクは年末に行ったマレーシア土産を持って行った。くだらない正月番組を見ながら、話はボクのマレーシア旅行の話になった。ボクが、『バンコクへ行ってからマレーシアへ行く事を決めた事』や『クアラルンプールからバスに乗ってマラッカへ夕日を見に行った事』などを話すと、母親が「なんでもイイけど、外国ばっかり行き過ぎなんちゃう?」「行き先も決めずに出発するなんて信じられへんわぁ。」などと言い始めた。ボクが母親の愚痴に対抗している時、テレビを見ていた父親が「俺は一度も外国へ行った事が無い」と小さな声で洩らしていたのだった。

 母の日も終わり、次は父の日だなぁと思っていた時、ボクは正月の父親の言葉を思い出した。父親は既に定年を向かえ、毎日ヒマに過ごしているらしい。母親は今でも病院に勤めているが、早めに言えば勤務シフトを調整して数日間は休みを取れるだろう。ボクは、定年のお祝いと父の日のプレゼントを兼ねて、両親へ海外旅行をプレゼントしようと考えたのだ。

 そうと決めたボクは、早速実家へ電話を掛けた。電話に出た母親に旅行の話をすると、突然の事に驚き、「その気持ちだけで嬉しいから...。」と言う、ボクのお金の事を心配しているようだった。その時、電話の後ろから「俺、行く!」と言う父親の声が聞こえた。その父親に対して「アンタ、簡単に行くって言うけど、パスポートとか持ってへんやないの!」と母親が言っている。何とか母親を説き伏せ、勤め先に休暇申請をするようにと言うと「それは大丈夫。息子が海外旅行へ連れて行ってくれるって言ったら婦長も休みをくれるハズだから。」と既に行く気満々になっていた。そして、「パスポートの写真を撮る前にパーマ屋さんに行かなあかん。」などと言い出す。そんな事は勝手にしてくれ!



 誰も居なくなった駅のホームで久しぶりに再開したボク達はお互いに「おはようございます。」「元気にしてたぁ?」等と挨拶を交わし、改札口を出て空港ターミナルビルへ向かった。父親が「これが関空かぁ!」と感動している。両親が持って来た荷物をボクのスーツケースの中へ入れ、飛行機のチェックイン。セキュリティーチェックでは父親だけが何度も金属探知機のゲートを通り続けていた。ズボンのベルトを外され、靴を脱がされ、挙句の果てにTシャツまで捲り上げられている。メタボの腹が丸見えだ。結局、金属は見つからない。ボクの父親はサイボーグなのだろうか。

 出国審査を終えて免税品ショッピング。二人とも勧められるがままに香水を匂いを嗅いだり、ブランデーの試飲をしたりしている。ボクが「タバコを吸ってくるから免税品を見ときぃ!」って言ったら、急に不安そうな顔になり「付いて行く。」と言う。まるで小さな子供のようである。喫煙所が見えるベンチに二人仲良く座ってボクがタバコを吸い終わるのを待っていた。

 まだゲートが開く時間までには一時間近くもあった。ボクが「もう免税品はイイの?」と聞くと「うん。もう見た。買う物は無い。」と答える。じゃあ、飛行機の近くまで行ってお茶でも飲みながら座って待っとこうか?」とボクが言うと二人とも賛成した。

 ゲートへ向かう為、シャトルへ乗り込もうとすると母親が「まだキップ買ってない。」と言う。「この電車は無料だから大丈夫。」と説明してシャトルへ乗り込む。空いている席に座るように促がしたが二人のも立ったまま景色を見ていた。「あっ!あれはジャンボやなぁ!こっちの飛行機は小さいジャンボや!」『飛行機=ジャンボ』だと思っているようだ。機種を説明しても理解できないだろうから知らん顔をしておいた。恥ずかしいからあまり大きな声で言わないで欲しい。

 飛行機の座席はエコノミークラス。航空会社のラウンジには入れないのでクレジットカード会社のラウンジへ入った。ラウンジの入り口でアメリカンエキスプレスカードを提示。両親に「飲み物も食べ物も全部無料だから好きな物を何杯でも飲んでイイよ!」と言うと驚いている。ボク達はソファーに座って会話を楽しんだ。「昨日の夜は、なかなか眠れなかった。」嬉しそうに話している。まるで遠足前の子供のようだ。この旅行を二人が本当に楽しみにしていた事が感じられて嬉しかった。何杯目かの飲み物を取って来た父親が「外国へ行く飛行機は待合室も豪華やなぁ。」と呟く。待合室には変わりないんだけど、その表現はどうなのかなぁ?ラウンジに入った時、最初は少し緊張気味だった両親だったが、結局3杯4杯の飲み物を飲み、ピーナッツやクッキーをバリバリ喰っていた。

 搭乗開始のアナウンスが流れた。ボク達はラウンジを出てゲートに向かった。次々に飛行機の中へ吸い込まれて行く乗客。ボクが「忘れ物は無い?」と訊ねると、母親が「あっ!カメラを忘れた!」と言う。「どこに忘れたん?」と訊ねると、答えは自宅。それって、持って来るのを忘れたって事だろ!はい、はい。じゃあ、バンコクに着いたらコンビニで使い捨てカメラを買いましょうネ。



 飛行機の入り口では客室乗務員が「サワディーカー(こんにちは)」とワイ(合掌)のポーズで乗客を出迎えてくれていた。それに対して母親は合掌し、深々と頭を下げて拝んでいる。ちょっとちょっと!お地蔵さんじゃないんだからぁ!このワイに付いては座席に着いてから簡単に説明した。だって、バンコクに居る間、何度も出くわすだろうから...。

 父親を窓際に、母親は真ん中に、ボクは通路側の席に座った。ボクは離陸前の時間を利用して3人分のタイ国入国書類を書く。二人はボクが渡したバンコクのパンフレットを見てワイワイ言っている。父親が客室乗務員を見て「タイの人ってキレイやなぁ。」と言うと、母親が「アンタ、歳いってるのに何を言ってるの!」と突っ込む。ボーディングブリッジが離れ、飛行機はゆっくりと滑走路へと向かう。父親はずっと窓の外を眺めていた。

 シートベルトのサインが消え、飲み物のサービス。ボクが「飲み物は何にする?」と訊ねると父親はビール。母親はオレンジジュースがイイと言う。ボクはトマトジュースを注文した。すると、母親が「アンタは子供の時からトマトジュースが好きやなぁ。」と言った。機内食のサービスでは父親は和食。ボクと母親はタイ料理を選んだ。父親のトレイの乗せられた皿に掛けられているラップやフタを母親が全部取ってやっている。自分では何もしない父親の世話をしている光景を実家では小さい頃から見慣れていたが、飛行機の中で見ると少し驚いた。父親のメインディッシュのカツ丼は、油物が少々苦手なボクには旨そうには見えなかった。父親に「美味しい?」と訊ねると「平和堂(近所のスーパー)の方が量が多い。」と答える。それは答えになってないような気がするぞっ!

 機内食を食べ終わり、ボクは少し睡眠を取る事にした。昨日から一睡もしていない。もう極度の睡魔に襲われて頭蓋骨の中で脳が浮いているような感じになっていた。二人はボクが手渡したタイ語会話の小冊子を見ながらタイ語の練習を始めている。「サワデイカア」母親が言うと父親も言う。「お父さんはカアと違ってカップって言うねん。」母親がそう言うと「なんでカップやねん。」と父親。「知らんやんか。そう書いてあるねん。」と母親が言い返す。楽しそうにしてくれているのは嬉しいけど、恥ずかしいからもう少し小さな声で練習してよ。そう言いたかったが、睡魔に勝てなかった。

 2時間ほど眠り、ボクは喉の渇きで目を覚ました。二人に飲み物が欲しくないかと訊ね、コールボタンを押して飲み物を注文。あと1時間ほどでバンコクへ到着するようだった。タイ国際航空の機内は退屈である。天井からぶら下がったモニターに映画が上映されてはいるが、好みの映画で無くても見るしかないのだ。各座席にパーソナルモニターが装備され、映画やゲームが自由に選べるシンガポール航空に乗り慣れてしまうとバンコクまでの6時間が長く感じた。

 飛行機は徐々に高度を下げ、着陸態勢に入った。揺れる事も無く、滑るようにバンコク・スワンナプーム国際空港へ着陸。父親にとって、生まれて初めての外国の地である。入国審査を受け、スーツケースを引き取り、建て前だけの税関を通り抜け、日本円をタイ・バーツに両替。ターミナルビル内にあるコンビニへ行って飲み物を購入し、タクシー乗り場へ。

 ターミナルビルを出た瞬間にムワァとした熱気に襲われる。この熱気がバンコクへ来た事をカラダに教えてくれる。何もしなくても滲み出る汗。不快なハズの熱気が嬉しかったりする。両親も「やっぱり日本とは違うなぁ!」と額に汗を滲ませながらバンコクを肌で感じているようだった。



 タクシーは渋滞に巻き込まれる事も無くホテルへ到着。両親は豪華なロビーに驚いていた。チェックイン手続きを済ませ、エレベータで部屋へ。インターネットで予約を入れてから何度もホテルへメールを送って念を押しておいたとおり、上層階のコネクティングルームが取れた。部屋に入った両親は廊下へ出なくても隣りの部屋へ行き来できるコネクティングルームに驚いていた。多分、初めて見たのだろう。母親が「こっちの部屋にもお風呂があるでぇ!」と叫ぶ。そりゃあそうですよ。普段は中扉を閉めて独立した2部屋なんですから。

 少し部屋で休憩をしてから夕食へ。ホテル内のレストランでタイスキ(タイの鍋料理)の食べ放題。三人で何度も何度も食材を取りに行き、最後は身動きができないくらい満腹状態。父親が面白がって、珍しく自分で色々と食材を取りに行っていた。これからの事や明日の事などを話ながら食後の長い休憩。「もう無理!」と言いながら母親はデザートを取りに行く。食べなきゃ損だと思ってる?

 食後の運動を兼ねて、ナイトバザールへと出掛けると母親の目の色が変わった。ショッピングモード突入である。父親は興味無さげ。ボクは「明日も明後日もあるから今日は見るだけにしておけばぁ?」と言うと、「うん。そうやなぁ。けど、これ、いくらなんか聞いて!」と返す。初日からガンガン買う気なのだろうか。しかし、結局はTシャツと靴下を買っただけだった。次に向かったのはシーロム通りの夜店街。歩道に張り出した夜店を見て父親が「今日はお祭りなんか?」と言う。「ここは毎晩こんな感じだよ。」と言うと、母親が「じゃあ、明日も連れてきてや!」と言った。

 ボクたちは、夜店を眺めながら歩いてホテルへと向かう事にした。途中、風呂上りに飲む飲み物を買う為にコンビニに立ち寄り、使い捨てカメラも購入。その直後、歩道にカワイイ子ゾウが現れた。両親は興奮状態。ワーワー!キャーキャ!叫んで喜んでいる。ゾウ使いから20バーツでバナナを購入。ゾウにバナナを与える姿を写真に収めた。「来てスグにゾウに会えるなんて嬉しいわぁ!」興奮冷めやらぬ母親が言う。確かにラッキーだった。いつでもどこにでもゾウが居る訳では無いのだから。

 ホテルへ戻る前に足マッサージを受けた。歩き疲れた足を揉み解され、いつしか3人とも眠ってしまっていた。1時間の足マッサージ。二人とも「ここは天国やなぁ。」と言って喜んでいる。気に入ったのなら毎日足マッサージをしようね。安上がりの天国である。



 朝、ボクは自分でも驚くほど早く目が覚めた。時計を見るとまだ5時前。日本より2時間遅れのバンコク。NHKのBS放送を点けると朝のニュース番組をやっていた。タバコを吸ったり、ジュースを飲んだりしながら両親が起きるのを待っていたが、どうにも腹が減って我慢ができない。「迷惑かな?」と思いながらも隣の部屋へと続くドアをノックしてみた。応答なし。定年退職した夫婦があられもない姿で寝ているハズも無いだろうとドアを開いてみる。部屋は寒いくらいに冷房が効いていた。ツインのベッドに一人ずつ、二人ともベッドカバーを掛けたまま眠っている。「おはよう。」ボクは小さな声で2度3度声を掛けてみた。二人が同時に動き出す。「まだ早いねんけど、お腹が空いたからゴハンを食べに行かない?で、食べてから寝ようよ。」我ながらなんというワガママな発言だろう。両親は「うん。お腹空いたなぁ。お腹が空いたら冷房が寒いわぁ。」と言いながら起きだした。

 ホテルのレストランでの朝食。このホテルの朝食はビュッフェスタイルになっており、品数の多めなのだ。両親はあれこれと迷いながら料理を皿に盛っているのか、なかなかテーブルに戻って来ない。ボクは待ちきれずに先に食べ始めた。先に戻ってきたのは母親だった。ボクが食べている物を見て「それ何?」と訊ねる。「中華粥だよ。これスッゴク美味しいねん。」と言うと、母親はテーブルに着くこと無く、再び中華粥を取りに行った。父親が取って来たのは目玉焼きとトースト。「あれ?食欲無いの?」と聞くと、「朝はパンやねん。」と答える。それを聞いた母親が「家ではパンかも知れんけど、旅行の時は家で食べられへんもんを食べえなぁ。」と言う。ボクも同感。父親は「次また取りに行く。」と行ってパンをかじっていた。

 朝食を食べながら、ボクが「フトンみたいに被っていたのんってベッドカバーやで。」と説明すると「えっ。ほな、掛けフトンってどこにあったん?」と言う。話を聞いてみると、シーツの上にピッタリと敷かれた毛布を『敷き毛布』だと思い。ベッドカバーを『掛けフトン』だと思っていたらしい。まあ、誰に見られる訳でも無いから快適に眠れたのならイイんだけど。

 部屋の冷房が寒いくらいに効いていた事について「あんなに冷房効かせたら風邪ひくんとちがう?」と言うと、「どうやって調整するのか忘れてしまって、アンタを見に行ったら寝てたから我慢してたんや。寒かったわぁ。」と言い出した。「説明したやん。」と言うと「聞いたけど忘れた。」と言ってモグモグ朝食を頬張っている。優しいと言うか、我慢強いと言うか、たくましい両親である。



 朝食後、部屋へ戻って再び2時間ほど眠りに就いた。シャワーを浴びて身支度を整え、ホテルを出る。タクシーで行けば簡単だったが、あえてホテルの前から路線バスを乗り継いで行く事にした。朝食を取りながら道路を走るバスを見て、父親が「昔は日本のバスも窓を開けて走っていた。」と言っていたからだ。走ってきたバスに合図を出して止め、ボク達3人が乗り込むと同時に動き出す。エンジンの爆音、大きな揺れに両親はケラケラ笑いながら楽しそうに「すごい!すごい!」と言っていた。

 到着したワットポーでは大きな涅槃仏に感動していた。引っ切り無しに「暑い!」とは言うものの、わざわざ日の当たる場所へ出て記念撮影をしたり、売店を見つけると「ちょっと見に行こう!」と小走りで売店へ向かう。ボクの両親は実に元気だ。フットワークが軽い。

 ワットポーを出たボク達は、チャオプラヤー川をボートに乗ってサートーンまで下る事にした。爆走するボート。風が気持ちいい。「ずっと乗っときたい。」などと言いながらも昼食のフカヒレを楽しみにしている。母親はフカヒレを食べる事をずっと楽しみにしていたらしかった。

 レストランに入り、目の前にフカヒレスープが出てきた時、母親が「わぁ〜っ!」と言いながら拍手をした。ウェイトレスさんが笑っている。喜んでくれているのは嬉しいが少し恥ずかしかった。父親は一人でビールを2本も飲んで「腹が一杯で食べきれない。」などと言い出す。ビールなんかどこでも飲めるのに。

 街中を散策していると『ツバメの巣のスープ』を売る屋台があった。ボクが「ツバメの巣のスープを飲む?」と訊ねると、母親は「わぁ!飲んだこと無いから飲んでみたい!」と喜んだ。路上に出されたテーブルに着き、3人分を注文。小さなお椀に入ったスープが運ばれて来た。それを父親は一気に飲み干し「あんまり美味しくない。」と言う。確かに美味しいとは思えない味だが、もう少し時間を掛けて飲めないものだろうか。ボクが「もう少しゆっくり飲めばいいのにぃ。これ、お椀一杯で360円もするねんで。ラーメンやったら3杯分の値段より高いねんでぇ!」と言うと「へぇ〜。」の一言。父親の素っ気無さには時々腹が立つ。



 買い物の始まりはスーツケース探しだった。母親が初日の夜に「明日、スーツケースを買いに行きたい。」と言い出したからだ。「帰りもボクのスーツケースに荷物を入れてあげるよ。」と言ったのだが、自分のスーツケースが欲しいと言う。それに、かなりの量の土産物を買うツモリらしいのだ。

 高架電車に乗ってショッピングセンターへ行き、カバン屋を探す。歩きながら「いくらくらいなら買うツモリ」と聞くと「日本より安かったら買う」と言う。どれを買っても絶対に日本よりは安い。ボクが値段交渉するから絶対に先に財布を出さないようにと念押しして店へ向かった。母親が「これがイイ!」と指差したスーツケースはボクのスーツケースと同じ大きさだった。値段は約6,000円。日本で買うよりかなり安い。ボクは値段交渉をした。少ししか値段が下がらない。そこで店を離れると、母親が「あれが良かったのにぃ。」と少し不満顔。同じ物は他の店でも売っているハズだからとなだめて歩く。スグに「あっ!アレ、さっきと同じ!」と指差す。ボクは値段交渉をした。数分間の交渉の結果、約4,500円で購入。母親は喜んでいる。父親は買ったばかりの空のスーツケースを引っ張って歩き出した。

 それからが大変だった。怖いくらいに土産物を買い漁る。民芸品に衣料品、服飾品に食料品、新品のスーツケースの中は見る見る内に満杯になっていく。さすがに父親も脅えだし「もうエエ加減にせえよ。」と言い始めた。しかし母親の買い物は止まらない。「もう一生来れないかも知れないから買っておかないと。」と言い、ボクに「ちょっと!早く値段聞いてえなぁ。」と声を荒げる始末。もう誰の手にも負えない状態。何でもイイけど、そんなゾウのTシャツを20枚も買って誰にあげるツモリ?

 スーツケースが満杯になったところで買い物が終わった。と言うより、もうスーツケースに入らないから買うのを止めたと言うのが正しい表現だ。ショッピングセンターを出ると外は豪雨だった。タクシーはメーターで走ってくれない。ホテルまで200バーツだと言う。バカにするなっ!そんな法外な値段なんて払う気は無い。仕方なく、雨が止む事を祈りながら高架電車に乗ってホテルの最寄り駅まで戻る事にした。しかし、豪雨は続いている。ここからどうやってホテルへ戻ろうか。タクシーを止めて料金を聞くと150バーツだと言う。メータ料金の3倍だ。別に払えない金額ではなかったがイヤだった。

 途方に暮れていると路線バスがやって来た。しかも車内はガラガラ状態。これなら大きなスーツケースを持っていても乗れそうだ。バスに合図を出し、バス停でも無い所からバスに乗り込む。しかも、真ん中の車線を走っているバスに乗り込んだ。道路は極度の渋滞。バスはノロノロ運転。運転手は鼻歌を歌っていた。若い車掌くんも客席に座って鼻歌を歌っている。さすがバンコクである。

 なんとかホテルへ戻ったボク達は、雨が小雨になるのを待って夕食を食べるために出掛けた。今日の夕食はタイ料理。ホテルから徒歩圏内にあるレストランで雰囲気が良いので気に入っている店だ。

 炒め物には「菜っ葉は要らない!」と言って箸を付けない父親だったが、プーパッポンカリー(蟹のカレー炒め)は「これは美味しい!」と言ってガンガン喰っている。ボクが「この菜っ葉は昼ゴハンの時に美味しいって言って食べてた菜っ葉やで。」と言っても「もう要らない。」の一点張り。この頑固者っ!!

 食事をしていたらタイ舞踊が始まった。すると母親が「カメラを忘れた!」と言い出す。またカメラ。今度はどこへ?カメラが無い事を悔やみながらも母親はタイ舞踊に見入っている。父親はビールをクイクイ飲みながらではあるが拍手をしていた。ショーが終わり、レストランを出る前にトイレに立った母親が、トイレから戻ってきて悔しそうに「カメラ入ってた。」と言う。ポーチの奥底に入っていたらしい。「もう一回踊らあらへんやろか。」と母親。それは無理でしょう。それに、こんな高級店、二日も続けて連れて来れないから...。

 食事が終わると母親が「さぁ!昨日の夜店がいっぱいあった所へ行こう!」と言い出した。やはり覚えていたのだ。仕方が無いのでタクシーに乗り移動。昨夜買った靴下の履き心地が良いと言って、同じ店で今夜も靴下を4足買い込んでいた。もっと色々と買いたそうだったが「もうスーツケースに入らないしなぁ。」と言いながらそぞろ歩く。ホテルに戻ったのは深夜になっていた。



 バンコク3日目の朝になった。昨日とは反対に、今日はボクが起こされた。母親は「昨日のお粥って今日もあるかなぁ?」と楽しみにしている。中華粥はあったが具材が白身魚に変わっていた。ボクとしては昨日の鶏肉がお気に入りだった。今日も二人はなかなかテーブルへ戻って来ない。先に食べ初めていると父親がオムレツとトーストを皿に載せて戻って来た。やっぱり今日もパン。後から戻って来た母親もそれを見てあきれている。

 朝食を取りながら、今日の予定を話し合った。母親は、高級な食事ばかりでは無く、路上の屋台で食事をしてみたいと言う。年配にしては若者のような意見だとボクは思った。

 食事を終えて、ホテルを出る。まずはフェイシャルエステを受けに行く事になった。父親も結構乗り気になっている。約1時間のコース。満腹状態でベッドに横たわり、顔を優しく触られているのは実に気持ちが良い。隣りから父親の軽いイビキが聞こえていた。エステが終わると二人とも大喜び。自分の顔を触り「スベスベになっている!」と微笑んでいる。二人とも生まれて初めての経験だったのだ。

 その後、ボク達はスクンヴィット通りへと向かった。母親の「路上の屋台で食事がしたい。」と言う希望を叶える為である。「何を食べたい?」と訊ねると「何でもイイ。」と答える。そこでボクは「アヒルを食べる?」言うと「えっ!アヒルなんて高いんじゃないの?」と母親が言った。日本ではあまり目にすることが無いアヒル肉であるが、タイでは普通に食べられている。そして、ボクはアヒル肉が大好きでもある。

 スクンヴィット通りを歩いているとアヒルの姿焼きをぶら下げた屋台があった。ボクは「ここにしよう。」と言って路上に置かれたテーブルに着いた。「ここでは一品だけにしようね。この後も色々買い食いすればイイから。」と言うと二人とも賛成。ボクは屋台のオバチャンにカオ・ナー・ペット(アヒル肉乗せゴハン)を3人前注文した。

 テーブルに運ばれて来た料理を食べて二人が同時に「おっ!美味しい!」と言う。二人ともアヒル肉を食べたのは初めてだったらしい。口に合って良かった。先に食べ終わった父親は屋台のオバチャンに「空いた皿を指差しておいしい!」と言っている。もちろん日本語。オバチャンは料理の名前を聞いているのかと思ったらしく「カオ・ナー・ペット」と言った。ボクが「カオ・ナー・ペットと言う名前の料理だって教えてくれているよ。」と言うと、父親は「アヒル。ガー!ガー!」と鳴き真似をした。65歳を過ぎた爺さんが路上でアヒルの鳴き真似なんてしないでよ。恥ずかしいなぁ...。

 それからも焼きバナナ、焼き鳥、ラーメンなど食べ続け、生絞りオレンジジュースを飲んでボク達は満腹になった。そして、今日もまた母親の買い物が始まったのだ。「安い、安い。」と言って買い漁る。ボクも父親も呆れ顔のまま母親の買い物に付き合った。

 今日はバンコク滞在最終日。まだ、タイマッサージに連れて行っていない。ボクは二人をタイ古式マッサージに誘った。歩きながら、とりあえずの説明をする。毎日の足マッサージを気に入っていた二人は「足の先から頭のテッペンまでの全身マッサージ」と聞いて喜びまくっている。

 マッサージ店に入り、パジャマのような服に着替え3人ならんでマットの上に横になる。マッサージが始まると、二人は気持ち良さそうに時々「ああ。」と小さな声を上げているが、くすぐったがりのボクだけは時々笑い声を上げていた。マッサージが後半になるとストレッチのような体勢になる。カラダの固いボクにとっては軽い地獄なのだ。ボクが「グェ〜ッ!」と悲鳴を上げると両親と3人のマッサージ士が笑う。ボクにとっては笑い事では無いのだけれど。

 2時間のタイマッサージを終え、店を出ると昨日より激しく雨が降っていた。ここからホテルまでは徒歩数分。朝から曇り空だったのでボクと母親は傘を持っていたのだが、父親は持っていないと言う。仕方が無いのでボクの傘に父親を入れてホテルまで小走りで帰る事にした。母親は買い物した袋をいくつも持っていたからである。歩き始めて数秒後に雨は激しさを増し、顔にまで雨がかかる状態になった。その時、父親が「わぁ!濡れる!傘、自分で持つから!」と言ったのだった。あのなぁ。この傘、誰の傘だと思ってるんだよ!入れてもらっている分際で何を貫かしてやがる!

 ホテルへ到着した時には3人とも川にでも落ちたように全身ずぶ濡れになっていた。フロント係りも驚いている。部屋へ戻り、シャワーを浴びて帰国の為の荷造りでもして雨が止むのを待つ事にした。ボクが「シャンプーとか石鹸は記念に貰って帰ってもイイよ!」と言うと母親は嬉しそうな顔をしてバスルームへ取りに行った。

 殆ど買い物をしていないボクのスーツケースは半分以上が空の状態のままだった。しかし、両親のスーツケースは満杯。それでも荷物を詰め続けている。ボクが「そんなに入れても閉まらないと思うよ。」と言うと、「もっと大きいのを買えば良かったかなぁ。」と言い出す。スーツケースを覗き込むと何ともヘタクソな詰め方をしているのだ。ボクが、自分用に買った物は箱から出して中身だけを持って帰れば良い事や、Tシャツや靴下などは大きな荷物を先に詰めてから隙間に詰め込むと荷物自体も安定する事などのアドバイスをすると感心していた。

 結局30分以上かかって荷造りが終わった。父親がスーツケースを持ち上げてみて「重すぎる。」と言う。ボクも持ってみたが本当に重い。すると母親が「えっ、重いの?どうしよう。」と言い出した。父親も困った顔をしている。事情を聞くと、最寄り駅にはエスカレーターやエレベータが無く、階段を昇り降りしないといけないらしい。それには重すぎると言うのだ。ボクは「そんな理由なら全然大丈夫。関空に着いたら宅配便で荷物を自宅まで送ればイイだけでしょ!」と言うと「それってお金はどのくらいかかるのかなぁ?」と母親は心配していた。ボクが「無料だよ!」と答えると「そんなハズは無い。」と言う。確かに宅配便を普通に頼めば何千円かの料金が掛かるだろうけど、ボクのクレジットカードにはスーツケースの無料宅配サービスが付いている事を説明すると「カードの人ってそんな事までしてくれるの?」と驚いていた。

 そんなこんなで、再びスーツケースを開け、荷物の整理が始まった。隣近所の人には帰宅してスグにお土産物を持って行きたいとの理由で、その分だけは持って来たボストンバッグに入れて帰る為の荷物整理である。外は豪雨だからボクも黙って見ているけど、雨が降っていなかったらイライラしている事だろうなぁ。ボク、気が短いから...。



 雨が上がった。まだ、ホテルを出発する予定時間までに2時間はある。ボクは両親を誘ってホテルの近くをブラブラ散策する事にした。夜の帳が降りたバンコクの街。気温は少し肌寒いくらいに下がっていた。流石の母親も、これ以上買い物する気は無いようだ。このまま2時間もブラブラしたら疲れるだけだ。そこでボクは「南国の美味しい果物を買ってホテルの部屋で食べない?」と提案した。とりあえず、コンビニに立ち寄って飲み物を買い込んだ。父親はまたビールを飲むようだ。そして、マンゴー、ランブータン、ドラゴンフルーツを買い、父親の酒のアテにあるようにと鳥の皮のカラアゲや海老の炭火焼を買ってホテルへ戻った。

 会話は自然にバンコクでの思い出話になった。本当に楽しかったと言う。南国の甘い完熟フルーツにかぶり付きながら、父親も「外国に来れるなんて思いもしなかった。」と喜んでくれていた。すると母親が「アンタ、今まで一人でこんなイイ思いをしてたんやなぁ。」と言う。その言葉にボクが一瞬たじろぐと「おかげで私らもイイ思いをさせてもらった。」とフォローの言葉を付け加えた。あまりに感謝されると照れくさい。ボクは、最後にもう一度シャワーを浴びると言ってバスルームへ向かった。別に汗ばんでいた訳ではない。両親が喜んでくれているのが嬉しかった。ボクも歳をとったみたいだ。最近、何故だか涙もろい。ボクは熱いシャワーを浴びながら両親の言葉に感激していた。



 ホテルを出発する時間になった。チェックアウトを済ませている間に父親は一人で先へ行ってしまった。タクシーに乗って空港へ行くと説明しておいたから玄関で待っているだろう。最後に外の景色でも見に行ったのかと思っていた。ボクと母親がホテルの玄関を出ると父親が手招きしている。そこはホテルのリムジンカウンター。ボクはカウンターの係員に謝り、父親の腕を掴んでホテルを出た。父親は「あれ?タクシーで行くんと違うの?」と言う。ボクが「あれはホテルのリムジンタクシーで何千バーツもするからダメ。高すぎるでしょ!?」と説明すると「へぇ〜。タクシー?って言わはったからサンキューって言っただけなんやけど。」と言い返す。全然分かってないみたいだ。

 ボク達が乗ったタクシーの運転手は少しだけ日本語を知っていた。とは言っても、文章にはなっていない。日本語の単語を数種類知っている程度だった。前の座席に乗っていた父親は、それでも空港へ到着するまでずっと運転手と喋っていた。時々二人の話は噛み合っていない。運転手は時々タイ語でボクに助けを求めてくる。ボクだって、そんなにタイ語が分かる訳ではないので結構必死だった。

 空港に到着して、まずは飛行機のチェックイン。ボク達は窓際席から横一列で座席を確保した。まだ、飛行機の出発までには2時間半くらい時間がある。ボクは、『機内食は出るけど、深夜便なので最初は軽食だけである事』『ちゃんとした機内食は関空に到着する前になってから出ると言う事』を説明した。そして、「もし良かったら、空港で働いている人たちが行ってる食堂があって、そこのワンタン麺が美味しいから食べに行かない?ジュースだけとかでも大丈夫だから。」と誘った。すると、父親が「アヒルのゴハンはあるか?」と言う。よっぽど気に入っているみたいだ。

 旅客ターミナルビル1階の片隅にあるクーポンレストラン。一通りメニューを見て回ってから「何を食べる?」と訊ねると、父親は「アヒルのゴハン」と答え、母親は「ワンタン麺」と答えた。ボクが父親に「アヒルのゴハンとワンタン麺の両方にしたら?」と言うと「アヒルのゴハンだけでイイ。」と言う。アヒル肉乗せゴハン1人前とワンタン麺2人前を注文。食券が余っていたのでアヒル肉だけの盛り合わせを一皿注文した。バンコクで食べる最後の食事である。母親が「本当にタイの人ばっかりやなぁ。こんな所に入っても本当に良かったん?」って少し心配している。「大丈夫だよ。何度も来ているもん。」マイペンライ(気にしない)。それに、外国人も時々居るヨ。ほら、向こうに白人のバッグパッカーが食べてるし...。ここの事を知ってる外国人が少ないだけだと思うヨ。安くて美味しいのにネ。



 出国審査を受けて、免税品エリアに出ると母親が買い物モードになった。そうなると思っていた。これだけ広大な免税品エリアを見ると買い物する気が無い人でも見て回りたくなるだろう。それに、ここまで来ると免税品店を見て回るくらいしか時間の潰し方が無いのだから。父親は「買っても自分で持てよ!」と一言付け加えていた。

 最初の内は買い物に付き合っていた父親であったが、イスが並んでいる場所を見つけると「ここに座って待っとく。」と言い出した。母親は「あっ、そうして。ほんじゃあ、この荷物、置いとくから見といてね。」と言って自分が持っていた荷物を父親の座っている隣にドサリッと置いた。まるで百貨店の休憩所で荷物番をしている父親イメージである。ボクは母親が迷子になると困ると思い、買い物に付き合う事にしたのだが、ボクもいささか歩き疲れた。「どこまで行くの?」と訊ねると「まだ先まで続いてるやん。折角だから最後まで全部見たい。」と言う。元気過ぎるぞっ!

 機内に入ると3人とも軽い睡魔に襲われていた。それでもドリンクサービスも軽食サービスも拒否する事なく受けてから少し眠った。朝食サービスの時も目を覚まし、3人とも残さずに全部食べた。ボクが税関申告書を記入し終わるとシートベルト着用のサインが点灯した。いよいよ関西空港へ着陸である。

 高度を下げ始めてから少しだけ揺れたが、大きな振動も無く関西空港へ着陸。時間は午前8時前。予定より少々遅れての到着だった。親子三人の旅が終わろうとしている。母親が「帰ってきたなぁ。」としみじみと言うと、父親が「もう思い残すこと無いなぁ。」と言う。ボクが「縁起でも無い事を言わんといて!」と言うと母親が「スーツケースも買ったし、パスポートも10年使えるし、また行ける事あるかなぁ。」と言った。またあるかなぁ? 悪いけど全額ボク負担ではもう無いかも。でも、絶対無いとは言い切れないし...。



 検疫を抜けて、荷物を引き取り、税関へ。3人揃って係員にパスポートを見せた。以前のパスポートでは「何度もタイへ行かれているんですねぇ。」と、ちょっと不審そうに言う税関係員だが、今回は更新した新品のパスポート。「家族旅行ですか?」の質問に父親が「息子が外国へ連れて行ってくれましてん。」と自信満々に答えた。そんな事を税関で言う必要ないのにぃ!係員は「そうですか。楽しかったですか?おかえりなさい。」と言ってパスポートを返してくれた。

 「ちょっとお茶でもして帰る?」とボクが言うと二人は「うん。」と答える。そして父親が「荷物はどこで預けるんや?」と言った。すっかり忘れていた。両親の荷物は宅配便で送るんだった。宅配便のカウンターへ行き手続き、アメリカンエクスプレスカードを提示して無料宅配サービスをお願いした。滋賀県の信楽(しがらき)なら今日の夕方5時までには配達できるとの事だった。ボク自身、このサービスを利用するのは初めて。関空から出発する時にも自宅まで荷物を取りに来てくれて関西空港で手渡してくれるらしい。遠方に住んでいる人やお年寄りには嬉しいサービスだ。

 お茶を飲みながら休憩。二人は妹や近くに住んでいる姪に「今、帰って来たヨ!」と電話をしている。ああだこうだと結構な長電話。嬉しそうな顔をして自慢話とも取れるような思い出話をする二人を見ながらボクも自宅にメールをした。さあ、そろそろ帰ろうか!



 関西空港駅まで二人を送る。ボクは空港バスに乗って帰る事にした。二人はバス乗り場へ向かうボクの姿が見えなくなるまで手を振っていた。特に父親は「ありがとうなっ!」と大声で言いながら激しく手を振っていた。あんな父親を見たのは初めてかも知れない。喜んでもらえて本当に良かった。今度、両親に会うのは今年の大晦日の夜だろう。歳の割りに結構無邪気で元気なボクの両親。いつまでも元気なままで居て欲しい。
そしてまた、一緒に海外旅行へ出かけよう。






アクセスカウンター